澁川雅俊: そういう読み方をすると、晶子、谷崎、円地、聖子、寂聴と読んでみてどれが読みやすいかと気になるところですね。
私は国文学者ではありません。普通の小説読者の一人です。そうした読み手としての印象では寂聴が最も読みやすく、集中できました。じっくり読み込めば物語だけではなく、フィクションとはいいながらその時代日本人社会の中心であった人々の暮らしや想いがよくわかったような気がしました。しかしそれは全10巻という長編にわたるもので、いささか忍耐力が必要でした。
その点円地のものは、全3巻でそれほど長くなく、訳文もこなれた現代文で読みやすく、お忙しい人にはお薦めです。特にそれには各篇の冒頭に物語の要約があり、またその篇に登場する人物像が注記と系図で示されている点は、初めて読むときの助けになります。谷崎の訳は……
その訳出がどうのこうのということではないのですが、テキストフォーマットに難点がありました。頭注(訳文紙面上部に注記欄を設け、その欄に和歌の解釈や有職故実などの注釈が付けられている)が小うるさいのです。
聖
子のもとても読みやすいのですが、他の現代語訳著者とは少し違う方針で書かれています。まず光源氏の生涯のみに終始しています。また彼女は原著冒頭の「桐
壺」での光源氏の生い立ちと母桐壺に対する思慕の念、そして「雨の世の品定め」という別名で有名な「帚木」での理想的な王朝貴女像を敢えて取り上げず、そ
れらの篇で語られていることを新しい感覚での恋愛物語づくりの土壌にしています。また各篇の標題も原著によらず、たとえば「眠られぬ夏の夜の空蝉」とか
「生きすだま飛ぶ闇の夕顔」などという洒落た標題をつけています。それが標題を「新源氏物語」とした所以でしょうか。現代語訳というよりも意訳源氏として
いいでしょう。
ところで源氏には翻案、あるいはパロディが少なからずあります。先に挙げた『偐紫田舎源氏』は
その典型で、原著を完全に換骨奪胎、光源氏は足利将軍の妾腹の子どもとなり、佞臣と闘い、足利家の隠し宝を発見して将軍家を再興する、という物語になって
います。なにやら歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』を連想します。現代物では『窯変源氏物語』(橋本治著、中公文庫、95-96年刊)や『読み違え源氏物語』(清水義範著、07年文藝春秋刊)もその口です。
(その5に続く、全7回)
※このレポートは、2008年5月14日に六本木ライブラリーで開催したカフェブレイク・ブックトーク「源氏物語千年」を元に作成したものです。アンダーラインは六本木ライブラリー所蔵の図書(2008年5月現在)です。
※書籍情報は、株式会社紀伊国屋書店の書籍データからの転載です。
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