
澁川雅俊: 約2,300点ある日本語辞典の中味もまたいろいろです。その種類を分類してみると、まず国語辞典と漢字辞典があり、国語辞典はさらに総合国語辞典と特殊国語辞典に類別できます。そして総合国語辞典には大辞典/中辞典/小辞典(あるいは“ポケット”判)が、漢字辞典には大辞典/中辞典があります。また大辞典にはそれぞれに特大辞典、大辞典(机上、もしくは卓上・辞典)とされるべきものもあります。
●『日本国語大辞典』
総合国語辞典の特大辞典は次の1点、『日本国語大辞典(全13巻・別巻)〔第2版〕』(日本国語大辞典第二版編集委員会編、2000-02年、小学館刊)です。その収録語60万語(見出し語数50万語、方言の異形10万語)、用例数100万と喧伝されています。
60万語というのは大変な数ですが、今私たちが使っているすべての日本語がこれに含まれているかというと、そうではありません。日本語の範囲を特定することは簡単ではありませんが、辞典は日本語の中から収録することばを選んでいます。「選ぶ」ということは、「たくさんあるモノの中からこれはと思うモノ、あるいはそう評価されるモノをより分ける」ということですから、何らかの基準、多分「適正な日本語として定着している」ということがあって選別されて、収録されているといっていいでしょう。その辺りのことは原則として各辞典の「凡例」に簡潔に述べられています。
この辞典の初版は1972-76年に刊行されました。これに対する辞書学者や国語学者の批判が瞥見できますが……
日本語の基盤辞典としていいでしょう。印刷版の価格は220,500円で、一般人が購入するには少し高額です。07年から発売されているオンライン版の価格は月額1,575円で、私たちでもなんとかなりそうな料金となっています。
しかしどちらがお得かどうかはもちろん私たちの使い方次第です。もし日本人として母国語をいつも適正に理解していたいと熱望し(※2)、そのために この辞典を最後の砦と考え、さらに自宅にこの大部な辞典を備え付けておくスペースに余裕があるならば、私は印刷版の購入を薦めます。なぜならば初版から第 2版出版までおよそ30年掛かっており、第3版の刊行までに後12年以上掛かるとするならば、その方が安上がりだからです。もっとも私が本当にお薦めした いのは、必要であればお近くの図書館に行かれることです。おそらくこの辞典を架蔵していない図書館はないでしょう。
(※2)私たちは常に「おもしろい」ことや「楽しい」ことを求めています。しかしそれらことばで私たちが具体的に何を得よ うとしているのかはとらえどころがありません。そのようなときに、この辞典のそれらのことばの意味を調べてみると、私たち自身でそのことをはっきりさせる 手掛かりが得られます。辞典をひもといてことばの意味を調べるときに大事なことは、辞典のそのことばの解説で意味が分かるのではなく、意味をはっきりと確 認する手掛かりが得られるということです。
●『大漢和辞典』
特大漢字辞典も、『大漢和辞典(全15巻)〔第2版〕』(諸橋轍次・鎌田正、2000年大修館書店刊)の1点だけです。この辞典編纂は
1925年に始まり、完成したのが75年でした。改訂・増補を加えたこの第2版は世界最大の漢字辞典で、親文字5万余、熟語53万余とされ、漢字発生国で
ある中国に5百セット輸出したといわれています。半世紀を掛けた辞典編纂には、関東大震災や太平洋戦争などにまつわる艱難辛苦の物語がありましたが、それ
を克服して初版を完成させた諸橋轍次に文化勲章が授与されています。
この辞典のオンライン版はいまのところありません。漢字フォントの問題ではなかろうかと考えています。第2版の価格は252,000円です。日本語 はその多くが漢字熟語で表記されています。ことばの意味は、それを構成する一つひとつの漢字の意味に基づいています。母国語の適正な理解を心掛けるのであ れば、この辞典がその最後の砦となります。気に掛かかってしょうがないことば(※3)があるとき、近くの図書館に行きましょう。この辞典がない図書館もな いでしょう。
なお机上漢字辞典の『漢語林〔新訂版〕』(鎌田正・米山寅太郎、04年大修館書店刊)の著者はいずれも諸橋の助手として『大漢和辞典』を支えた人たちです。
(※ 3)ひと頃「美しい国、日本」というスローガンが風靡しました。この句のキーワードのひとつは「美しい」ですが、そのことばにどういうイメージを持ったら いいのかが気になり、国語辞典と漢字辞典を調べてみました。国語辞典の解説では、視聴覚的に人の心に感動をあたえる姿・形・色・音などやその組み合わせ、 という意味合いが濃いように受け取られます。しかしこのフレーズには見た目や感覚的な意味合いだけでなく、もっと精神的なものが込められているように考え たので、「美」という文字の起こりや意味を調べてみたところ、もともとは食べ物が旨いという意味の字であり、その本質は味の調和にある。そしてその原意が 拡張されて人と人の和、人と自然の調和を表すときに使う漢字だということが分かりました。
(その4に続く、全11回)
※このレポートは、2008年4月8日に六本木ライブラリーで開催したカフェブレイク・ブックトーク「辞書の季節」を元に作成したものです。
※書籍情報は、株式会社紀伊国屋書店の書籍データからの転載です。
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