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2008年5月19日 (月)

海外の金融機関はビジネスモデルを変革

「金融グローバリゼーション~国際金融センターを目指す東京のこれから~」その3

斉藤惇 斉藤惇: このような環境変化の中で、世界的な金融市場の中心に位置してきた先進国の金融機関、特に欧米の先進的な金融機関は大きくビジネスモデルを変革させました。欧米の金融機関は自らが実行した貸し出しなどのリスクを、証券化技術などを駆使して、投資家やヘッジファンドなどの第三者に移転するビジネスモデルを開発しました。「オリジネート&ディストリビュート型」と呼ばれるモデルです。これによって伝統的な銀行のビジネススタイルが変わりました。

シティーは鵜のまねをする烏のごとく行動して失敗しました。本当のプロが居なかったのです。それにもかかわらず彼らが新型金融に突き進まざるを得なかった背景としては、資本市場の発展に伴い、従来型の金融機関が一般的なホールセール取引では、もはや利益を確保できなくなったことが挙げられます。

そうした状況の中で、海外の金融機関は高い格付けを維持するために……

十分な自己資本を保ちながら、一方で株主の要請を受けて高い資本利益率の達成に果敢に挑戦し続けていました。その結果として、アメリカやイギリスが金融産業を中心とする高い成長率を維持してきたことは紛れもない事実です。

わが国は不良債権問題を何とか整理して、金融システム化が安定してきました。サブプライム問題で出鼻をくじかれた感がありますが、長期的なサイクルで見れば日本でも新しい金融システムを使った経済は回復基調のサイクルにあると思われます。

不良債権は、高度経済成長期において、わが国の成長に大きく貢献したと言われるリレーションシップ・キャピタリズムと間接金融システムが結果的に終 焉を迎えたことにより発生しました。リスクを銀行に集中し過ぎたことにより、日本の経済は機能不全に陥り、銀行を救済せざるを得なくなったのです。それが 結果的にわが国の経済に大きなパラダイムの変換をもたらしたのも事実です。

いずれにしても、わが国は1990年以降、低成長に甘んじざるを得ませんでした。中国、インドなどが急成長を続ける中で、資本集約型の製造業を中心に輸出で経済成長を牽引してきたわが国のモデルは、それだけではおそらく経済成長を維持できないでしょう。
(その4に続く、全11回)

この原稿は、2008年1月31日にアカデミーヒルズで開催したRoppongi BIZセミナー「金融グローバリゼーション~国際金融センターを目指す東京のこれから~」を元に作成したものです。

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